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日本の祭りとは


日本の祭りとは

行列のできた屋台、ステージで踊る人々、賑やかなお囃子。日本の祭りは、とにかくエネルギッシュです。人々の笑顔、活力、好奇心に満ちていて、ただ見物しているだけでも心躍りませんか。こちらのページでは、日本の祭りの魅力を3章に分けて紹介しています。祭りに参加すると、誰でも子供のように無邪気になれるのはなぜか。その答えを一緒に探してみましょう。

1.日本の祭りとは

日本の祭りとは

みんなで踊ったり、おいしいものを食べたり、美しい風景を眺めたり。娯楽行事として定着している日本の祭りですが、大昔は神様を祀る神聖な行事だったことはご存知でしょうか。以下では日本の祭りの起源、歴史、特徴などを紹介しています。読んで頂ければ「日本の祭りとは何か」という本質に近づけるかもしれません。

1‐1.日本の祭りの起源

日本の祭りの起源

日本の祭りの起源はアマテラスとスサノオ、アメノウズメらによる「岩戸隠れ」の神話にあると言われます。

スサノオの傍若無人なふるまいに、天の岩戸に隠れてしまったアマテラス。太陽神であるアマテラスが隠れてしまったため、国中から光が失われてしまいました。困った八百万(やおよろず)の神々は、岩戸の奥に閉じこもるアマテラスの気をひこうと、岩の前で宴を始めます。妖艶に舞い踊る女神アメノウズメ、それを見て囃し立てる神々。宴が大盛り上がりすると、気になったアマテラスは岩戸から顔を出し、ついに世界に光が戻りました。

この岩戸前で行なわれた宴の賑やかな様子は、祭りの光景そのものですね。そもそも「まつり」の語源である動詞の「まつる」は、神様に供物を奉るなどの意味を持っています。これらのことから、日本の祭りの起源に神様がかかわっていた可能性は高いのです。

なお岩戸隠れの伝説を奉ったスポットは、宮崎県や三重県など全国にあります。日本の祭りの起源を求めて、訪れてみたらどうでしょうか。

1‐2.日本の祭りの歴史

日本の祭りの歴史

日本の祭りはもともと、神様へ感謝するためのもの、神様に祈りを捧げて人々の声を届けるための方法のひとつでした。

古代においては神様に対して、五穀豊穣や平和を願い、厄災が訪れた際にはその退散を願い、うれしいことがあればそれを感謝する、そういった信仰を表す儀式の形態のひとつが祭り(祭礼・祭祀)であったのです。祭りの種類や祭事は国や信仰によって大きく異なりますが、祭事の中には国固有の伝統芸能や祭事という形で世界中に伝えられている文化もたくさんあり、日本の盆踊りや相撲などもそのひとつでした。

江戸時代になると宗教性は薄れ、娯楽として庶民を中心に人気を得ます。人々を熱狂させたのは、神輿(みこし)や山車(だし)、獅子舞、花火といった派手な演出です。日本の祭りは大衆文化として開花しました。

ところが明治時代、日本の祭りは衰退の道をたどることに。きっかけとなったのは、政府が発した「神仏分離令」です。このお達しにより仏教行事が禁止されると、仏教から生じた多くの祭りが消滅してしまいます。明治時代は、日本の祭りにとって暗黒期と言えるでしょう。

暗黒期から抜け出せたのが終戦後です。「神仏分離令」の波が収まると、消滅した日本の祭りを復興させようという動きが起こります。戦後の人々は日本の祭りを平和の象徴として好み、家族や友人と連れ立って参加するようになりました。

1‐3.日本の祭りの特徴

日本の祭りの特徴

日本の祭りの特徴を挙げるとすれば「多様性」と言えます。この多様性に深くかかわっているのが独特の宗教観です。

世界には唯一の神を崇める「一神教」と様々な神を崇める「多神教」があります。日本は多神教に含まれるのですが、その中でも少し特別な部類と言えるでしょう。海や山といった自然から食器や草履といった人工のものまで、森羅万象すべてのものに神が宿るという信仰ゆえです。この独自の宗教観が、日本各地で様々な形式の祭りを生みました。

北では、なまはげが刃物を手に暴れ、南ではシーサーが災いを追い払う。多様性を持つ日本の祭りは、多彩かつユニークな風景を見せてくれます。

1‐4.日本の祭りから分かる伝統文化

日本の祭りから分かる伝統文化

時代とともに人々の日本の祭りに対する認識や意味は変化してしまいましたが、祭りそのものが現代に残してくれている伝統的文化・歴史の重さは変わりません。その日本の祭りがなぜ作られたのか、どうしていろいろな祭事が行なわれていたのか、それがどのように変化してきたのか、それらを探ることによって、その地域に伝わってきた歴史を知る手がかりになるのです。

また何より、祭りは今も昔も、人々の心をひとつにつなぎ止める効果を持っています。その日本の祭りを地域の人々全員で協力して盛り上げしようという動きは非日常に人々をいざない、普段は薄れてしまっている民族間や他人との一体感を呼び覚まします。

今も昔も、人々の間での意味合いが変わっても、「祭り」は共同体を作り生活している人類にとって、生きていく上で重要な意味を持つ行事なのです。

2.有名な日本の祭り

有名な日本の祭り

年間を通じて10万件以上も行なわれている日本の祭り。その中でも特に有名な祭りを集めて、「東北の夏祭り」「踊りが有名な祭り」「奇祭」といった3つのカテゴリに分けて紹介しています。どの祭りも、多くの人が詰めかけて大賑わいです。その魅力を紹介していきましょう。

2-1.東北の夏祭り

東北の夏祭り

夏が過ぎていくのを惜しむように、激しい盛り上がりを見せる東北の夏祭り。「青森ねぶた祭り」「秋田竿燈(かんとう)まつり」の2つを紹介します。巨大なねぶたの行列、稲田のように揺れる竿燈。どちらの祭りでも忘れられない光景に出会えます。

① 青森ねぶた祭り
青森ねぶた祭り

「青森ねぶた祭り」は、青森県青森市内中心部で毎年8月2日~7日まで行なわれる夏祭り。開催期間になると、観光客が約200万人も訪れます。ルーツとなったのは悪霊祓いの灯篭流しで、そこに「弘前ねぷたまつり」の面白さを取り入れて今の形となりました。

祭りの主役となるのは、もちろん「ねぶた」。大昔の豪傑の姿が描かれた灯籠が、日が暮れた青森市街にあらわれます。幅が約9m、高さ約5mという大型のねぶたを若者たちの集団が力を合わせて担ぎ上げ、人波をかきわけるように、巨大なねぶたが練り歩く姿は迫力満点です。

ねぶたの回りで飛び跳ねるのは、「ハネト」と呼ばれる踊り手たち。浴衣姿にたすきをかけ、花笠をかぶった姿が印象的です。「ラッセ、ラッセ、ラッセラー」という勇ましい掛け声は、祭りのテンションを極限まで高めていきます。

勇壮なねぶたと躍動するハネトが織りなす熱狂が、「青森ねぶた祭り」の醍醐味。参加すれば、興奮うずまく最高の夜となるでしょう。

② 秋田竿燈(かんとう)まつり
秋田竿燈(かんとう)まつり

秋田県の夏祭り「秋田竿燈(かんとう)まつり」の夜は、秋田市内が幻想的に染まります。夜空に高々と掲げられるのは、光の灯った提灯をぶらさげた竿。提灯の光には五穀豊穣の願いがこめられていると言われます。願いのひとつひとつが夜の闇を照らす景色は、見物人の胸を熱くすることでしょう。

日が暮れる前の秋田竿燈まつりは、男たちの闘いの場です。差し手と呼ばれる地元の若衆が町内の威信をかけて、竿を使った技で競い合います。竿の重さは約50kg。ズシリと重い竿を肩や腰、額に乗せて、倒れないように必死にバランスを取ります。次々と繰り出される妙技は見物客を魅了して止みません。毎年8月3日~6日に秋田県秋田市で行なわれていますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

2-2.踊りが有名な祭り

踊りが有名な祭り

祭りを盛り上げるのに欠かせないものと言えば、踊りもそのひとつです。こちらでは日本の祭りの中でも踊りが有名な四国の祭り「阿波踊り」と「よさこい祭り」を紹介しています。軽快な祭り囃子に合わせて踊れば、日頃の悩みもすっかり忘れてしまうことでしょう。

① 阿波踊り
阿波踊り

「踊る阿保(あほう)に見る阿保、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」の囃子詞で有名なのが、阿波踊り」。徳島城が完成した際のお祝いの踊りが起源と言われています。

「阿波踊り」の中で最も賑わいを見せるのが、毎年8月12日~15日に徳島県徳島市で行なわれる「徳島市阿波おどり」。祭り期間中の徳島市街は、どこもかしこも踊り子であふれ、阿波踊り一色に染まります。着物を着て一糸乱れぬフォーメーションで踊る女性の一団。提灯を振り回す、あばれ踊りを披露する男たち。大人に負けまいと元気いっぱいに踊る子供たち。老若男女が一心不乱に踊る姿は圧巻です。

踊り子たちのテンションを一層高める楽器の数々は「鳴り物(なりもの)」と呼ばれています。気持ちのいい高音を出し、テンポを上げ下げする際の合図になっているのが鉦(かね)で、澄んだ音で情緒あふれる旋律を奏でるのが篠笛(しのぶえ)。これらに三味線や太鼓が加わって、阿波踊り独特のリズムが生まれます。

阿波踊りに参加する機会があったら、演舞場で実際に踊ってみましょう。事前に踊りの指導をしてくれるグループもあるので、敷居は高くありません。踊る阿呆を体験してみて下さい。

② よさこい祭り
よさこい祭り

「よさこい祭り」は、高知県高知市で行なわれる夏祭りです。毎年8月9日の前夜祭、8月10日・11日の本番、8月12日の全国大会・後夜祭と、4日間にわたって行なわれます。徳島県の阿波踊りに匹敵するような祭りをつくろう、という主旨ではじまりました。四国三大祭りのひとつで、期間中は100万人以上の見物客が訪れます。

「よさこい祭り」を象徴する「よさこい踊り」は、伝統を持ちながらもきっちりとした型が決まっていません。「鳴子(なるこ)」という楽器を鳴らしつつ、前進して踊れば「よさこい踊り」と認められるので、振り付けは好みに合わせて変えられます。祭りの会場を見てみれば、あまりの自由度の高さに驚くことでしょう。

古典的な着物姿の踊り手たちに混ざって、ロックやサンバ、ヒップホップと様々なスタイルのダンサーたちがいます。まるで、あらゆる踊りの交流会といった光景が繰り広げられるのです。

伝統にならって踊るのもよし、自分流に踊るのもよし。どんな踊り方も大歓迎の「よさこい祭り」は、誰でも気軽に参加できることでしょう。

2-3.日本の奇祭

日本の奇祭

日本の祭りの中で、奇祭と呼ばれる個性的な祭りがあります。見た目や内容のインパクトが強いので、一度参加したらきっと鮮烈に心に残り続けることでしょう。その中でも特に有名な「なまはげ紫灯(せど)まつり」と「御柱祭(おんばしら)」を紹介します。

① なまはげ紫灯(せど)まつり
なまはげ紫灯(せど)まつり

秋田県男鹿市では、毎年2月の第2金・土・日曜の3日間「なまはげ紫灯(せど)まつり」が真山(しんざん)神社で行なわれます。900年以上前から地元で行なわれてきた神事「紫灯祭(さいとうさい)」と、民俗行事「なまはげ」を組み合わせた観光行事として、「なまはげ」にかかわる様々な催しを見物できるのです。

祭りのはじまりを告げるのは「なまはげ入魂」の儀式。神職から授かった面を被った若者たちが、「なまはげ」へと変身します。人が鬼へと変わっていく姿に、誰しもが畏怖の念を抱くことでしょう。

神楽殿(かぐらでん)で最初に行なわれるのは、男鹿市内では大晦日の風物詩である、「なまはげ」による民家訪問の再現です。「泣く子はいねが」とお馴染みのフレーズで、すごみながら刃物を振りかざす鬼たちの姿は迫力満点。あまりのインパクトに泣いてしまうお子様もいます。

松明(たいまつ)を持った「なまはげ」たちが神社に隣接する雪山から降りてくると、祭りはいよいよ佳境へ。神職から護摩餅(ごまもち)を授けられた「なまはげ」たちは、神のもとへ帰っていきます。その姿は神々しく、「なまはげ」は鬼の姿をしているものの災いから人々を守る守護者だということが伝わってくるでしょう。

② 御柱祭(おんばしら)
御柱祭(おんばしら)

長野県の諏訪湖周辺に4宮を持つ諏訪大社。「御柱祭(おんばしら)」は、諏訪大社で行なわれる最大の神事となっています。「長野県指定無形民俗文化財」に指定されており、正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

開催されるのは、寅と申の年である7年に一度で、社殿の四隅にある「御柱」を建て替えるのです。4宮にある四方の柱を新しいものに変えるため、16本(上社本宮・上社前宮・下社春宮・下社秋宮の各4本)の木をそれぞれ運びます。新しく柱となる木は、樹齢200年を超えていることが選定条件なために大木ばかり。大木でありながらも神社までの運搬にはトラックなどの運搬車両を一切使いません。人の手で曳いていくことが神聖とされる、祭りの醍醐味です。

4月に柱を山から里へ運ぶ「山出し」、5月に御柱を神社まで運び、社殿の四隅に建てる「里曳き」が、上社・下社でそれぞれ行なわれます。その中でも、祭りの最大の見せ場「木落し」。急な坂から滑り落ちる大木に、男たちはまたがり続けることを課せられ、勇気が試されるのです。土煙を上げて大木が斜面に突入すると、男たちの多くは振り落とされていきます。坂の下まで大木から離れなかった勇者のもとには見物人が駆け寄り、祝福の声や拍手が尽きません。

神社に大木を運ぶ道のりは過酷で、けが人が付きものです。それでも怯まない男たちの心意気が祭りを大いに盛り上げます。

3.日本の祭りとネットワーク

日本の祭りとネットワーク

祭りは、ただ楽しむためだけのイベントではありません。多くの人々を結びつけるきっかけとなり、ネットワークを育んでいます。以下で紹介するのは、日本の祭りによって形成されたネットワークです。祭りという共通体験をすることにより、人々のつながりはより強くなっていきます。

3‐1.ふるさと祭り東京

ふるさと祭り東京

「ふるさと祭り東京」は毎年1月に、東京ドームで開催されている大規模な物産展。全国各地の企業が、地元名物を物販ブースで販売しています。

買い物や食事をしながら、祭りを見物できるのがこのイベントの魅力。ステージでは青森ねぶた祭り、秋田竿燈まつり、沖縄エイサー祭りなど、有名な日本の祭りが集結しています。2018年の開催時に青森からやって来たねぶたは、高さ約20mと本場さながらの大迫力!東京にいながら東北の夏の熱狂が体験できます。

2009年(平成21年)からはじまったこのイベントは次第に知名度を高め、開催期間中に40万人が集まるようになりました。故郷のグルメや祭りをきっかけにして、多くの企業と人々が結びついています。

3‐2.ユネスコ無形文化遺産と日本の祭りを継承する人たち

ユネスコ無形文化遺産と日本の祭りを継承する人たち

2016年(平成28年)に「山・鉾・屋台行事」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。「山・鉾・屋台行事」とは山車が巡行する祭りのことで、北は青森から南は大分までの18府県に33件あります。京都の「京都祇園祭の山鉾行事」や埼玉県の「秩父祭の屋台行事と神楽」が代表的です。

この文化遺産登録の最大の功労者は、これまで日本の祭りを継承してきた人々と言えるでしょう。山車を造るのに必要な、昔ながらの工芸技術や祭りの伝統的な決まりごとは、人々が継承していなければ現代まで息づいていません。親から子へ、師から弟子に、世代を跨いでしっかりと受け継がれたからこそ、文化遺産登録へと実を結んだのです。

「日本の祭りを後世に伝える」この思いのもとに多くの人たちが集まり、ネットワークを築いています。

ここまでは日本の祭りについて解説してきました。祭りに関する様々な情報に触れて、新発見はありましたか。もし、気になる日本の祭りを見つけたのならば足を運んでみて下さい。実際に体験して、多くの人と感動を共有することが祭りの最大の魅力だからです。

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