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日本の祭りの歴史と変遷



日本では古来より現在まで、祭りは人々に欠かせないものとして続けられてきましたが、その由緒ある祭りも人と同様、変化や危機を迎えながら今まで生きてきています。

神話時代の祭り

神話時代の祭り

日本の歴史の中で一番初めに行なわれた祭りはなんだったのか。日本神話の中には古来の祭りの形を彷彿とさせる描写が存在します。それが天照大御神(通称:アマテラス)と建速須佐之男命(通称:スサノオ)、そしてアメノウズメら神々による有名な「岩戸隠れ」のエピソードです。

太陽神であるアマテラスが弟であるスサノオの傍若無人な振る舞いに怒り、天の岩戸の中に隠れ引きこもってしまった。太陽神である彼女が隠れてしまったため国中から光りが消えてしまい、これに困った八百万の神々はなんとか彼女に出てきてもらおうと策をこらすことにした。彼らは岩の中のアマテラスの気を引こうと、鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉を捧げたり、祝詞を読み上げたりといった宴を行ない騒ぎ立てたが、中々彼女は出て来ない。そこでアメノウズメという女神が自らの裸をさらけだすほどに激しく舞を踊ったところ、他の神々は大いに笑い盛り上がった。するとその大騒ぎが気になったアマテラスはついに岩戸の中から顔を出し、世界には再び光が戻った。

このエピソードの中で神々がアマテラスに岩戸から出てきてもらうために行なった宴は、人間たちが神様をもてなすためにしている祭りの形式そのものです。またアメノウズメの踊りは神様を呼ぶための踊り、つまり神楽の原点でもあります。祭りとは神様を自分たちのところに呼ぶためのもの、そういった意味ではこの神話は日本の祭りの「原型」といえるのではないでしょうか。

庶民に広まっていった祭り

庶民に広まっていった祭り

農民たちの願いや民間信仰のために行なわれるもの、祭政一致の古代社会において宮中に祖先の霊を呼び起こしご神託を得るための政(まつりごと)として行なわれたもの、日本各地ではさまざまな形態の祭りが古代より行なわれていました。その中には神楽や囃子といった神様を喜ばせるための芸能も含まれていましたが、後に演目や芸能の形式も多様化し、祭りの細分化に一役買うこととなりました。ただでさえ多様であったところに、6世紀以降は仏教伝来、神仏習合を経て神社が神様だけでなく仏様も祀るもの、という在り方になるとともに、祭りもまたさまざまな意味を持つようになりました。

江戸時代になると祭りはすっかり庶民の娯楽として定着し、神輿や山車の行列、獅子舞、花火大会など現在もお馴染みの催しが多く見られるようになりました。またお盆に踊られる盆踊りや七夕など仏教、外国伝来の行事に由来するもの、武将たちの戦勝を祈念したもの、流行病の沈静化を願ったものなど新しい由緒を持つ祭りもどんどん生まれていきました。

神仏分離を経て

神仏分離を経て

長い間、神仏習合にもとづいて祭りは行なわれていましたが、明治維新とともに政府より発せられた「神仏分離令」によってその歴史は大きく変わることとなりました。

祭政一致社会をめざし、神道のみを国民の精神的要とする「国家神道」を掲げた政府は仏教と神道を切り離したばかりか、「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」という徹底した仏教の撤廃を行ないました。単に神社から仏像を破壊したばかりではなく、仏と関係の深かった祭神の強制的な変更や追放、寺社の領地押収による廃寺化、仏教行事の禁止など、日本からありとあらゆる仏教的要素が消えていきました。

神道においても神社は国家の管理下に置かれたことで、今までの体制を大きく変更させられることとなります。伊勢神宮を頂点として、天皇との関係が深い順に神社の位が定められた「社格制度」、複数の神社を統合、消滅させ一社ごとの威厳を強固なものにする「神社合祀」など、これらの政策は神社の在り方はもちろん、祭りにも多大な影響を及ぼしました。

仏教行事に由来した催事はもちろん、神仏両方を祀っていたものやそうでないもの、新しいものから伝統あるものまで、さまざまな祭りがこの政策で消滅してしまいました。残された祭りも仏教要素の排除や祭式統一化などを求められ、形式を変えられたものも多くあります。神仏分離令は日本の祭り史上に残る大混乱を起こしたのです。

現在の祭り

現在の祭り

終戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により国家神道は解体され、神道自体も国家による管理体制を離れ、廃仏毀釈の波もおさまったことで、神道と仏教はまた新たに別々の宗教として道を歩んでいくこととなりました。分離令により失われていた祭りもいくつかは伝統を引き継いだ人たちにより復興されるようになりました。

神仏両方の行事が親しまれるようにもなり、お寺や神社の催事には宗派に関係なく多くの人が集まり盛り上がる一方で、祭りそのものが単なる大衆の「イベント」と化してしまっている、祭りの継承者がいなくなっているなどの問題点もあります。それでも、伝統的な祭りになると県外から大勢のお客さんが訪れ、地元の楽しみだけでなく観光アピールとして、新たな意味を持つようにもなっています。このため、町おこしや土地のアピールを目的とした新しい祭り・フェスティバルが各地で行なわれているようです。