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祭り情報

盛岡さんさ踊りなど岩手県の祭りの特色



岩手県は本土内では最大の土地面積という広大な土地を持つ一方、中世の領地をめぐっての南部衆、伊達衆の争いや立地の関係による南北の分断などもあり、地域によって雰囲気の違いが目立つ県でもあります。しかし民族信仰の盛んな地域でもあり、祭りにもそれらを繁栄したものが多数見受けられます。

ギネス世界記録を持つ「盛岡さんさ踊り」

ギネス世界記録を持つ「盛岡さんさ踊り」

昭和53年から始まった祭りで、毎年8月ごろ中央通りを会場に、盛岡周辺地域で伝承されてきた「さんさ踊り」のパレードが繰り広げられます。歴史はやや浅いながらも、2007年にはギネス世界記録を達成した「和太鼓同時演奏」が行なわれるなど、迫力満点の大群舞が楽しめます。

さんさ踊りの始まりは、かつて南部盛岡城下で羅刹鬼(らせつき)という鬼が暴れており、悩んだ人間たちが三ツ石神社の神様に相談したという逸話に由来します。神様はその願いを聞き、悪鬼たちが今後人間たちに迷惑をかけないという誓いの証として、境内の三ツ石に鬼の手形を押させました(これが岩手の名の由来だといわれています)。この時にお祝いとして、人々が手形の残った三ツ石の周囲を踊りまわったことが「さんさ踊り」になったと言われています。

ギネスに記録された世界最大の「和太鼓同時演奏」は、祭りの最終日に行なわれますが、太鼓には三石伝説内で鬼が逃げ去ったという西の山が黒い三角形で意匠化されており、鬼が戻らないように太鼓の音を山に響かせた、というのがその由来だそうです。

世界一の太鼓と伝統のさんさ踊りのパレードが終了した後は、会場内の各地で"輪踊り"がスタートします。輪踊りはパレード参加者に混じり、一般の観覧者が自由に参加することができるため、パレードの熱気をそのままに、盛岡の夜を満喫することができます。

音を楽しむ祭り「チャグチャグ馬コ」

少し不思議な音の響きを持つこの祭りですが、これは名前に入っている通り馬の祭りで、毎年6月に滝沢村の蒼前神社から盛岡市の八幡宮まで約13キロの距離を100頭の馬が行進することで無病息災や豊穣を祈るというものです。祭りに参加する馬は大名行列に由来するという豪華な衣装とたくさんの鈴で着飾るのですが、この鈴が歩くたびに「チャグチャグ」と音をたてることからこのような不思議な名前が付けられました。

岩手は馬の名産地として知られており、主に武将たちの乗馬・軍馬として育てられていたのですが、農民たちの間では次第に農耕馬として馬を扱うようになり、同じ家で暮らす家族のような存在になっていきました。そこで農民たちは馬の守り神を祀った蒼前神社に祈願するようになり、神社の縁日には馬が健康に過ごせるよう、農耕から休ませてやることにしました。いつからこのような祭事になったのかは定かではありませんが、この馬と農民双方にとっての縁日がチャグチャグ馬コの起源だと考えられています。この祭りは国の「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」に選定されているほか、環境省の選ぶ「残したい日本の音風景100選」にも選ばれています。

無病息災と豊作を願う「蘇民祭(そみんさい)」

日本各地には"蘇民祭"という、いわゆる裸祭りの形態が存在していますが、岩手県ではこの祭りが特に多く行なわれており、特に妙見山黒石寺の蘇民祭は1000年以上の歴史を持つという古式ゆかしいものです。

まず蘇民祭がどういったものかというと、武塔神と蘇民将来という男のエピソードに由来します。ある日、武塔神なる男が旅の途中に泊めてほしいと蘇民将来の家を訪ねたところ、蘇民は貧乏であるにも関わらず快くこれを受け入れ、一泊の宿と食事を男に与えました。実は武塔神は建速須佐之男命(スサノオ)という神様であり、一宿の恩にこれから生まれてくる蘇民の子孫に無病息災を約束した、というものです。このエピソードにちなみ、蘇民将来の名が書かれている護符を持っていれば健康になれる、という信仰が生まれたのでした。

蘇民祭では裸の男たちが水垢離(みずごり)で体を清め、災厄消除や無病息災を祈るのですが、祭りのメインイベントは上記エピソードにちなんだ「蘇民袋争奪戦」という祭事です。まず、木製の小間木と呼ばれる護符が入った蘇民袋が運び込まれ、その袋が切り裂かれることによって中身がこぼれ落ちると始まります。通常参加者は小間木を広おうとしますが、裸の参加者は切り裂かれた蘇民袋を奪い合います。そうして袋の首部分を手に入れた者が取主となり、その人物がどちらの方角に住んでいるか、また境内を出てどちらに向かうかなどによって、今年は東西どちらが豊作になるか決まるといいます。