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祭り情報

竿燈(かんとう)まつりなど
秋田県の祭りの特色



秋田県はお米を始めとした農作物が豊かな土地ではありますが、日本海に面した地形でもあることから寒風や冷害などに昔から悩まされてきました。その関係故か、昔からの祭りには豊穣や自然の災厄祓いを祈願したものが多いようです。

眩い光が大通りを照らす「秋田竿燈まつり」

眩い光が大通りを照らす「秋田竿燈まつり」

毎年8月に開催され、青森のねぶた、仙台の七夕まつりとあわせて「東北三大祭り」として有名な、秋田県を代表する祭りです。46個もの提灯を吊るし、重さ約50キロにもなる竿燈と呼ばれる竹竿を差し手若衆たちが華麗かつ自在に操って大通りを埋め尽くします。額、肩、腰などに次々と乗せ場所を移し変えていく竿燈妙技と呼ばれる様々な技法があり、技術を競い合う妙技大会も祭り中に行なわれます。

竿燈まつりは青森のねぶた祭りと同様、悪いものを流す「ねぶり流し」の行事として伝えられてきました。元々厄よけ、五穀豊穣などを願っていたねぶり流しが、宝暦年間の蝋燭(ろうそく)の普及、お盆に門前に掲げた高灯籠などの要素と組み合わさり独自の発展をとげた結果、現在の竿燈の形になっていったのだといわれています。

差し手の妙技とそれを盛り上げるお囃子、そして竿燈を作り上げる職人たちの手によって行なわれる竿燈まつりの見事さは、穢れ(けがれ)とともに夏の暑さも洗い流してくれます。

野性的な囃子、優雅な舞い「西馬音内盆踊り」

竿燈まつりと同じく8月に行なわれ、徳島の阿波踊り、岐阜の郡上踊りと並び「日本三大盆踊り」と称されるのが羽後町の「西馬音内盆踊り」です。死者の供養と豊作を願い約700年程前から始まった歴史ある盆踊りで、太鼓を打ち鳴らす野性的で勇猛な囃子としなやかで流れるような踊り方という対照的な二者の共演が印象的な祭りです。

踊り手たちは絹のハギレを縫い合わせて作られた「端縫い衣装」、美しい「藍染め浴衣」など優雅な衣装を身にまといますが、特徴的なのは傘や頭巾で頭や顔を隠していることです。半月状の「編笠(あみがさ)」の他、黒い布で作られ、目の部分にだけ穴が空いた「彦三頭巾」で頭を丸ごと覆い隠している死者の姿のような人も中には見られますが、これは元々死者を供養するための「亡者踊り」として行なわれていたことに関係し、帰ってきたご先祖様たちと一緒に踊っていることを表しています。

また、踊りに用いられる音楽には「がんけ」と呼ばれる囃子(はやし)が演奏されるのですが、これは音頭が比較的明るめの盛り上がるものなのに対して哀しげな歌詞と曲調を持ち、亡者祭りとしての色が強い音楽になっています。

櫓の上で行なわれる囃子の演奏と篝火の中、生者と死者が優雅に踊る様子は不思議な秋田の夏を演出してくれています。

家庭に幸せをもたらす「なまはげ」

「泣く子はいねぇが、悪い子はいねぇが、怠けものはいねぇが~」というフレーズとともに家にやってくる恐ろしい鬼神「なまはげ」は、今や日本全国でも有名な存在となっています。毎年男鹿半島の大晦日にやってくるなまはげは子供を脅かす妖怪のようにも思われていますが、実は家庭に幸福をもたらしてくれる異世界からの来訪神でもあります。

なまはげという名前は、冬の間ずっと火にあたっているとできる「火斑(ナモミ)」という火型を剥ぐことから呼ばれるようになったといいます。ずっと火にあたっている、つまり暖かいところで怠けているとそれを戒めに来る者という意味です。なので「怠け者(仕事をしない悪い子)はいねが」とやってくるのですが、これは怠け者や厄災を退散させ、その家の新年を豊かにしてくれるという意味も持っているのです。この鬼が何者かについては諸説ありますが、男鹿半島内の本山、真山に祀られている漢の武帝に昔連れられてきた鬼がその正体ではないかという逸話が有名です。

大晦日にはこのなまはげに扮し、村の男たちが仮面、藁などで作られたミノ、包丁を持った姿で各家庭をまわる行事が知られていますが、毎年2月にはこの「なまはげ」と真山神社で行われている神事「柴灯(せど)祭」を融合させた「なまはげ柴灯祭」が行なわれます。境内に焚かれた柴灯の元、なまはげたちは餅つきや「なまはげ踊り」「なまはげ太鼓」など各種イベントで祭りを盛り上げ、最後は松明を燃やしながら下山をしていきます。どこか幻想的な雰囲気の中行われる、なまはげの魅力を十二分に感じられる男鹿ならではの祭りです。