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祭り情報

花笠まつりなど山形県の祭りの特色



山形県は深い山々と盆地に囲まれた農耕文化を持ち、戦国時代の武将上杉謙信とも縁深いことから、それらを題材とした祭りが多く見られます。

市民参加型の華やかな「山形花笠まつり」

市民参加型の華やかな「山形花笠まつり」

「ヤッショ、マカショ!」の掛け声とともに、紅花をあしらった「花笠」を手に華やかなパレードを繰り広げる「山形花笠まつり」は、東北を代表する祭りの一つとして毎年8月に三日間行なわれています。山車を筆頭として、チームごとに決められた花笠と衣装をまとった踊り子たち総勢1万人以上が市内を染める様子はまさに花の乱舞といった祭りです。

踊り方は本来地域によって異なり、笠をかぶったまま踊るもの、笠を手にとり踊るものなど様々な踊りがありましたが、昭和38年(1963)に誰でも手軽に踊れるよう統一され、現在のようなパレードの形になりました。

また、掛け声で有名な「花笠音頭」ですが、これは山形県の村山地方で歌われていた「土突(どんつ)き唄」がその原型だといわれています。大正時代に灌漑用溜池工事を行なう際、土突き作業の調子を合わせるために歌われていた作業歌に、地方の船方節や八木節など新しい音節が加わって、次第に花笠音頭となっていったのだそうです。「ヤッショ、マカショ!」はその時の掛け声だとされますが、最上川河口の港町酒田市の民謡「酒田舟方節」から取られたという説もあります。また、現在の形になったのは昭和初期のころで、従来の2歌詞に加えて県内外から応募されてきた13の歌詞が加わり、最上川の流れに沿った各地の名所名物について盛り込んだ15歌詞からなるものが現在の「花笠音頭」として、祭りで歌われています。

近年ではグループ毎に個性豊かな踊りも見られるようになっており、市民参加型の祭りとして山形の町を花一色に染めています。

戦国時代を体感できる「米沢上杉まつり」

毎年4~5月にかけて行なわれる「米沢上杉まつり」はその名のとおり山形県の英雄上杉謙信公を称える祭りです。元々彼を御祭神とする上杉神社、関連人物である上杉鷹山公、上杉景勝公、直江兼続公らを祀る松岬神社春の例大祭として行なわれており、単に「上杉まつり」などと呼ばれていたのですが、戦後は米沢商工会議所が参画し米沢市全体を盛り上げるための祭りという一面を強めていき、昭和38年には「春の米沢上杉まつり」という現在の名前が定着しました。現在は上杉謙信を祀るのはもちろん、米沢の魅力も伝える「市民ぐるみ」のイベントとして親しまれています。

例大祭と昭和38年に制作された「米沢新調」を参加者1000人以上が踊り演奏しながら進むながら「米沢民踊流し」のパレードで幕を開けます。祭りの期間中には様々なイベントが執り行われますが、中でも、合戦に望む上杉謙信が出陣前に毎回行ない、神仏に勝利を祈ったという「武てい式」の完全再現や、戦前から行なわれていたという神輿渡御に、当時の戦に赴く上杉軍の武将たちを模し甲冑に身を固めて「上杉軍団行列」がお供として市内を練り歩く「上杉行列」、松川河川敷で南北にわかれて行なわれる、戦国史上最大の合戦と呼ばれた上杉謙信・武田信玄の宿敵同士の激突を再現する「川中島合戦」などが見どころです。その迫力ある要素に思わず戦国時代にタイムスリップしてしまったかのような気持ちになることができ、市民から県内外まで毎年多くの歴史ファン、上杉謙信ファンが集まっています。

市民を活気づかせる「新庄まつり」

日本一とも言われる豪華絢爛な山車パレードが見どころの新庄市の祭りで、毎年8月に宵まつり・本まつり・後まつりの三日間にかけて開かれます。その由来は1775年、新庄が冷害による大凶作に襲われ、数多くの領民が苦しみ亡くなる大飢饉に見舞われたことがきっかけでした。当時の藩主戸沢正諶は亡くなった人々の供養と今後の豊作を願い、領民を活気づかせるために戸沢氏の御祭神として崇められていた天満宮の祭りを行なったことが、現在の新庄まつりの起源とされています。

三日間の祭りの中で特にメインとなるのが市内の人たちによって1か月以上の準備期間を経て作られる山車のパレードであり、歌舞伎や歴史絵巻などの場面が描かれたものが次々と登場し、様々な景色が町中を巡回していきます。三日間は、準備した山車に照明が入り、囃子や踊りの団体とともに町を練り歩く「宵まつり」や、神輿の御神幸が行なわれ、新庄城跡を出発した神輿が後ろに宵祭とはまた別の趣向をこらした山車を引き連れて町を巡回する「本まつり」、山車は町中の山車小屋に収納され「飾り山車」として展示される一方、神社内では県の無形民俗文化財である萩野・仁田山鹿子踊(ししおどり)が奉納される「後まつり」というイベントをそれぞれメインに行なわれ、鹿子踊の奉納を持って祭りは終了となります。祭りの間は町中に囃子の音色と山車の歓声が響き渡る、非常に賑やかな三日間となっています。