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祭り情報

沼田まつりなど群馬県の祭りの特色



群馬県の特色として、他県に囲まれている地形から外来の文化が陸地を辿り取り入れられていることも多いですが、土地の気候が思わぬ名産品や祭りにつながっていることもあります。

だるまが一挙に並ぶ「少林山七草大祭だるま市」

だるまが一挙に並ぶ「少林山七草大祭だるま市」

縁起物として日本人の家庭内に置かれている「だるま」ですが、その中でも全国で生産されているだるまの大多数を占めているのが群馬県高崎市生産の「高崎だるま」です。眉毛は鶴、顔から口ひげは亀を表現しているという縁起がよく可愛らしいだるまは、別名「福だるま」「縁起だるま」とも呼ばれ、全国に出荷されています。その高崎だるまの発祥の地が少林山達磨寺であり、お正月の縁日にだるまが大量に売り出されるのが名物「七草大だるま市」です。

高崎だるまは江戸時代の天明の大飢饉が起こったとき、ここ少林山の9代目和尚である東嶽和尚が不作で苦しい農民たちの助けになればという思いから木製の達磨像を彫ったことに始まります。この作り方を山県友五郎という人物が教わり、初の高崎だるまとしてお寺の縁日で売り出すようになりました。群馬県(上州)はからっ風などに悩まされることもありますが、乾いた気候で張り子を作成するには適した地域だったこともあり、高崎だるまは群馬の名産品として広まっていきました。こうして縁日では発祥の地として高崎だるまが大量に売られるようになり、「だるま市」と呼ばれる祭りになりました。

現在は約50軒もの農家で生産されただるまが販売され、全国から多くの人が新年の縁起物として家に迎えるだるまを求めてやってきています。

祇園祭にルーツを持つ「沼田まつり」

沼田市の市街で毎年8月に行なわれる夏の祭りで、400年の伝統を持つ祇園祭と商工祭の2つをルーツに持ち、古くからの参加者には「おぎょん」の愛称で親しまれています。市街を舞台に露店や神輿の渡御の他、「まんどう」と呼ばれる人形山車の巡行が行なわれます。

おぎょんは元々京都の祇園祭にならったものであり、牛頭天王を祀る須賀神社の祭りとして行なわれていました。天保時代からは御輿やまんどうの姿が見られるようになり、町だけでなく農家の人たちにとっても楽しみの祭りにもなっていきました。戦後になると町村の付け祭と一体化した「関東名物の荒祭り」と呼ばれるようになっていましたが、昭和45年に市の商工祭と融合して現在の市民の祭り「沼田まつり」とされました。

市街をお囃子とともに巡行する神社神輿、町神輿、子供神輿、個性豊かなまんどうが見どころですが、約200人の女性によって担がれる巨大な「大天狗みこし」が特に目をひきます。これは家庭の幸せを祈り守る女性たちによってのみ担ぎ上げられるもので、家内安全・商売繁盛などのご利益を祈願して天狗のお面型の神輿が作られたといいます。神輿を持ち上げ、歩行者天国で行なわれる流し踊り「千人おどり」をしながら、おぎょんの夜は熱気とともにふけていきます。

七夕に花火に祭りが集結する「桐生八木節まつり」

毎年8月に桐生市全体で行われる大きな夏祭りです。山車の巡行や子供神輿、製糸業が盛んなだけにまゆ玉転がしなどのイベントが行なわれますが、祭名にも入っている通り「八木節」の競演大会やダンス、やぐらを囲んでの八木節おどりなどで大いに盛り上がります。

八木節は栃木県を発祥とする民謡の一種で、群馬や栃木を中心に広がっています。樽、鼓、鉦などを叩いて出される音が特徴的で、ゆったりとした曲調のものから現代風の軽快なリズムにアレンジされたものまで、祭り中は豊富な八木節の歌と踊りの世界を夢中で楽しむことができます。

このイベントは沼田まつり同様、祇園祭の流れを組むイベントでもあります。桐生祇園祭は明歴2年(1656年)にその起源を持ち、疫病を消除してくれる御祭神として牛頭天王を祀り、子どもたちの手踊りを奉納していたことから始まりました。様々な人形飾りを載せた山車や巨大な屋台なども作られ、江戸から昭和にかけて現存する見事な6台の舞屋台(巨大屋台)による曳き違いなどで楽しまれていましたが、明治時代の神仏分離から段々と規模は縮小されていきました。そんな中、昭和39年に祇園祭を含め、春の商工祭・文化祭・七夕祭・花火大会などあらゆる祭りがひとつに纏められ、「桐生まつり」として行われるようになりました。そして昭和63年に現在の「八木節まつり」となってからも山車や屋台の曳き違いは行なわれており、踊りと祇園祭の両方の性格が内包される祭りとなっています。