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祭り情報

吉田の火祭りなど山梨県の祭りの特色



山梨県は周囲が富士山をはじめとする大自然に囲まれた陸の地域であり、かつての甲斐国を治めていた武田信玄との関係も深いながら、山村の中で受け継がれてきた大変貴重な伝統行事の姿も見られます。

秋の到来を告げる「吉田の火祭り」

秋の到来を告げる「吉田の火祭り」

毎年8月に行われる「火祭り」であり、北口本宮冨士浅間神社とその摂末社である諏訪神社両方の秋祭りです。富士山が噴火を起こさないよう祈る「鎮火祭」として行なわれており、大きなものから小さなものまで街中に掲げられた松明に一斉に火が付けられ、街が火の海と化す様子はまさに「火の祭り」といった様子で、夏の富士山の山じまいとして盛大に行なわれています。

まず一日目に浅間神社の本殿祭と諏訪神社祭が行なわれ、大神輿と御影(荒ぶる富士山を表す神輿)の二基が街中を練り歩き、御旅所を目指します。両基が御旅所に到着すると、街中では表通りの筍形に結い上げられた高さ3メートルの大松明70余本、裏通りでは家毎に井桁に積まれた松明にそれぞれ一斉に火が点火され、街は火の海と化します。しかしこの火によって火事などが起こった例は一度もなく、松明の消し炭は火伏せや健康のお守りになるとして持ち帰られます。二日目になると神事が行なわれた後両神輿は神社まで再び戻るのですが、境内に入った後はすぐに高天原7周分まわる「高天原祭」が行なわれます。この時に神輿のすぐ後ろについてすすきで作られた玉串を持ちながら祈ると安産祈願・子育て・健康が叶うといわれており、女性が多く参加します。この様子から、二日目は「すすき祭り」とも呼ばれており、これをもって諏訪、浅間神社に御心霊が返され、火祭りは終了となります。

この火祭りはもともと諏訪神社の祭りとして伝えられており、諏訪の祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)が戦に赴く際に松明を燃やしたこと、もしくは戦に敗れてこの地に逃げ込んだ際、村の人々が一斉に火を点火したところ、その様子を見た敵軍が建御名方の援軍だと勘違いして撤退した、というエピソードが起源であるとされています。一方、浅間神社では祭神である木花咲耶姫が自らの証をたてるために、燃え盛る産屋のなかお産に挑んだところ、無事自らの子供を産んだことに由来して火を焚くようになったという逸話が伝えられています。一般に多く知られているのはこちらの説なのですが、これは年々富士信仰が盛んになるとともに諏訪神社よりも浅間神社の勢力が拡大されたからであり、諏訪が浅間神社に吸収されるとともに後者の逸話が火祭りの起源として語られるようになったからでした。

曲折を経て現代に伝えられているこの火祭りですが、その日本に数ある火祭りの中でも有数の豪快さを誇る炎の広がりは、富士山への願いと感謝とともに、山梨の夏の熱さも全て燃やし尽くしてくれる、秋到来を告げる祭りとして人々に愛されています。

世界一の武者行列「信玄公まつり」

「甲斐の虎」として知られる戦国時代の名将・武田信玄公の命日である4月12日前の金~日曜日に行なわれる祭りで、1970年以降毎年開催され県内外の武田信玄ファンから注目を集め続けています。またこの時期は甲府盆地をはじめ、県内に一斉に桜、桃、アヤメなどの見事な花が百花繚乱のごとく咲き誇り、美しい甲斐の国を演出してくれています。

祭り中は信玄本人を題材にした武田節や風林火山を題材にした演舞、甲斐・甲府の郷土自慢や伝統料理のお披露目など各種イベントが行なわれますが、最も盛大に行なわれるのが武田信玄とライバル上杉謙信との決戦「川中島合戦」に出陣する甲斐の武将たちを再現した「甲府軍団出陣」です。俳優の方や県民たち扮する24将をはじめ、県内外から集まった騎馬約30頭、武者約1600人によって武田の軍勢が完全再現され、風林火山の御旗と篝火(かがりび)の中を敵地に向かい出陣する様子は戦国時代そのものです。甲府駅から始まり、舞鶴城公園特設会場にて勝鬨(かちどき)をあげるまで続くこのパレードは、戦国絵巻を再現する世界一の武者行列としても有名になっています。

笑いが絶えない「下福沢の道祖神祭」

甲斐市の小正月の行事として1月に2日間行なわれる一連の伝統行事の総称で、一日目に「どんど焼き」と「七福神のねりこみ」、二日目に「氏子めぐり」が行なわれます。どんど焼きなどはまだ各地で頻繁に見られますが、家々に七福神がやってきて、演者による笑顔を誘うような踊りや口上で厄を払ってもらう「七福神のねりこみ」(下福沢の七福神舞)は現在日本では中々見られない珍しいものです。

神官や七福神に扮した村の人たち(現在は青年会の人が中心だそう)が「あーめでたいな、めでたいな」と口ずさみながら家々を巡るというもので、太鼓や笛などの囃子とともに七福神それぞれがユーモラスでアドリブも混じった口上と舞を披露していきます。これには厄払いの効果があり、昔は村中の家を回っていましたが、現在は前家屋を新築した家、長男が結婚もしくは厄年を迎えた家限定で訪れているそうです。

翌日の氏子参りでは仮面を被ったおかめやひょっとこたちが「正一位道祖大神」「火の用心」と書かれたお札を各戸に渡していくのですが、こちらでも道化役がおどけてみせたりと笑いの絶えない行事になっています

こういった地方に古くから伝わる伝統行事は後世への後継も問題の1つですが、甲斐市では青年会など地域がひとつになって精力的に行なわれることで、無事伝統が守られています。