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祭り情報

名古屋まつりなど愛知県の祭りの特色



東京、大阪に並び日本を代表する都市である名古屋を中心として繁栄を続けており、戦国時代の名将3名の出身地でもあることから彼らを称えた祭りも行なわれていますが、同時に日本の中心ならではの豊かな祭りが各所で伝承されています。

尾張津島天王祭

尾張津島天王祭

建速須佐之男命を御祭神として祀る津島市津島神社祭礼で、天王川に浮かべられた船の優雅な姿から広島厳島神社管絃祭と並び「日本三大船祭り」に選ばれています。

天王祭は毎年7月から三ヵ月間行なわれる大祭ですが、神社で行なわれる「神葭神事」と天王川で行なわれる「川祭」によって構成されており、中でも天王川に津島五車(下構・堤下・米之座・今市場・筏場の5地区より奉納された船を組み立てて作られたもの)によるわらまき船5船が浮かべられる「宵祭」、津島五車に車楽船を加えた6船に能人形を乗せた船が運行される「朝祭」という2つの川祭りは、その美しさから天王祭の中で最も注目されている祭事です。

宵祭りは夜に暗くなった天王川で行なわれるものですが、わらまき船がどんなものかというと、連結した船二艘に屋台を乗せ、井垣を組んだその上にさらに坊主(巻藁が詰まった木枠)を乗せ、そこに365個の提灯を半円状に配置したもののことです。夜の天王川を渡る船の提灯全てに火が灯された光景は必見です。

一方、朝祭は、宵祭同様船の上に屋台が組まれるのですが、今度は提灯ではなく能人形が飾られ、装飾を施された船の上で囃子方たちが音楽を奏でながら川を渡ります。この夜と朝で全く違う風貌を見せる船祭りがこの天王祭の醍醐味です。

宵祭が終わると、最後に神葭流しの神事が行なわれます。これは神葭に人々の罪や穢れを乗せて川に流すことでその穢れを祓ってもらうという秋田のねぶり流しや流し雛と同様のもので、疫病・厄除けを司る建速須佐之男命(牛頭天王)本来の儀式に由来するものであり、祖先の信仰の名残りではないかと考えられています。本殿には神の依代たる「真の神葭」(太く真っ直ぐで葉が左右に分かれた葭)が御幣に結び付けられて前年より奉られているのですが、これを新しいものと取替え、古い葭を天王川に流すことでお祓いを行なうのです。

一見美しく優雅な川祭りですが、その目立たない部分では古来より伝えられている伝統行事が今でも行なわれているのです。

再生を願って行なわれる「花祭り」

花祭り」は奥三河の山河地域で行なわれている伝統的な神事であり、悪霊を払い無病息災、五穀豊穣を祈る神楽として伝えられてきた貴重なものです。釜にお湯を沸かして八百万の神様を呼び穢れを祓ってもらう「湯立て」の神事(湯立神楽)の一種であり、毎年11月~3月ごろに行なわれている「霜月神楽」でもあります。これらは平安末期から鎌倉初期に隆盛を極めた修験道より伝えられたものであり、奥三河が修行場所として最適だったことから修験者が多く訪れ、その交流の末行なわれるようになったそうです。

なぜこの時期に行なわれているかというと、神様へ願いを捧げること以外にも「冬を迎えて大地の中に沈んでしまった精霊たちを呼び覚まし再び春に向けて活動をさせようという」という意思が含まれているからなのです。つまり花祭りは「再生」を願って行われるもの、ひいては人間の「生まれ変わり」のために行なわれるからで、祭りの最中にもそれを暗示したものが多数見受けられます。

祭りの様式は各地域によって微妙に異なりますが、釜に神聖なお湯を沸かすことによって神様をお招きし、舞を踊りながら神様にお願いをする「中申し」が催され、最後に神様をお送りするという一連の流れは共通したものです。この最中に様々な舞が踊られ続けるのが最大の特徴で、舞庭を踏み固める「地固めの舞」、子どもたちが初舞台として花笠を持って舞う「花の舞」など神様に捧げるための舞が踊られる中、山を割る動作をして浄土の扉を開く「山見鬼」、大地に新しい生命力を呼び覚まし豊穣や繁栄をもたらす「榊鬼」をはじめとする鬼(=神)たちが現れご利益を与えてくれますが、中には観客や踊り手たちと戯れる鬼もいます。儀式の最後には藁を束ねた「湯たぶさ」を使った踊りが舞われ、これによって釜の中のお湯が会場全体に飛び散りますが、このお湯は「生まれ清まりの産湯」と呼ばれ体に浴びると無病息災になるといわれています。

上記の鬼の動作やお湯にも「再生」というテーマが潜んでおり、「花祭り」という名前も死者が浄土で手にする「大法蓮華の花」から名付けられたのではないかと考えられています。その起源は花祭りを伝えた修験道によるものであり、彼らの宗教観がそこには出ているのです。この祭りからは三河奥地に伝わる愛知県の伝統だけでなく、修験道との交流という歴史があったことの証明にもつながります。

三英傑の行列が見どころの「名古屋まつり」

名古屋市内で昭和30年(1955年)に始まった祭りであり、毎年10月に名古屋を代表する歴史、芸能、文化財、グルメなどが一同に集まる一大イベントです。元々は名古屋の経済拡大を目指した「商工まつり」として行なわれましたが、翌年からは市民一人ひとりが参加して楽しめる祭りとして開催されるようになり、現在は名古屋市の秋を代表する祭りとしてなくてはならないものになっています。

祭りのメインイベントは戦国時代の名古屋に関係の深い「三英傑」と呼ばれる武将・織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3名を主役として武将たち600人以上が行列をなす「郷土英傑行列」です。これ以外にも市の文化財である山車や神楽屋形が曳行される「山車揃」「神楽揃」、ロサンゼルスなど名古屋の友好姉妹都市からの代表が登場する「姉妹友好都市親善パレード」など名古屋の文化的にも大変貴重な行列が多数行なわれます。

行列以外にも市内の各会場では無形民俗文化財が披露される郷土芸能祭、多彩ななごやめしを食べ歩ける博覧会、職人展などイベントも充実しており、市民も観光客も名古屋文化を十二分に堪能できる祭りです。