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祭り情報

管絃祭など広島県の祭りの特色



広島といえば戦争のことを決して忘れてはいけないためのモニュメントも存在しますが、広島が世界に誇れる宮島・厳島神社などの歴史ある文化も多数存在し、かつての安芸・備後国時代から伝わる個性的な祭りも伝承されつづけています。

管絃祭

管絃祭

毎年の旧暦6月17日に厳島神社にて海上渡御が行なわれる祭礼で、平清盛が厳島の神様を鎮めるために開始した船の神事です。もともと平安貴族たちが河に船を浮かべ嗜んでいた「管絃の遊び」を清盛が遊びではなく神事として取り入れたのが始まりで、河ではなく宮島が浮かぶ瀬戸内海を舞台として管絃の演奏が行なわれます。

この行事は長寛元年(1164)に始まったとされ、毎年旧暦6月17日に行なわれるのはこの日が潮の高さと気候がちょうどよくなる日であり、さらに満月に近いため夜が明るいという日だからです。祭りは夕方ごろより始まるのですが、当時宮島は島そのものが神様であり人が住むことを許されていなかったため、清盛は御祭神の乗る御座船を造船し篝火(かがりび)や提灯で夜を明るく照らした上で海を渡って厳島神社まで向かっていたそうです。また現在、管弦船には阿賀村の鯛網船と江波村の伝馬船が曳行して海を渡っていますが、これはかつて嵐で転覆しそうになった管弦船を両船が救ったという逸話に由来します。

当時は厳島神社と対岸の地御前神社を船で往復して演奏を行なっていました。しかし平安中期以降、宮島にも人が住むようになると、厳島神社から出発した管弦船が対岸まで向かうようになり、明治以降は厳島から神輿を船に乗せ海上渡御が行なわれる現在の形になっていきました。

祭りは午後四時に厳島で行なわれる「発輦祭」を以って始まり、大鳥居の儀を経て管弦船に御鳳輦(ごほうれん)が乗せられ、船内で管絃を合奏しながら1時間をかけて対岸の地御前神社に向かいます。日も落ちてきた途中で停泊する建岩沖で提灯に明かりが灯され、地御前神社から御迎船が海を渡ってくるのを目印にして管弦船が地御前神社に到着し、奉奏と祭典を行ないます。この後管絃船は再び宮島に戻り、長浜神社、大元神社でも祭儀と演奏を行ないます。再び大鳥居をくぐり厳島神社に戻ってくると、最後に船がぎりぎり入れるほどの狭い「枡形」と呼ばれる地域に進み、御座船は三回旋回しながら管絃を奉奏して祭りはクライマックスを迎えます。この演奏が終了すると御鳳輦に乗った神様は再び神社に戻り、祭りも終了となります。管絃の演奏や船隊の華麗さもさることながら、ダイナミックな管弦船の運行テクニックも見どころです。

とうかさん大祭

広島市中区圓隆寺の総鎮守である「稲荷大明神」の毎年夏の初め、6月に行なわれている祭礼です。お寺は御神体である「稲荷大明神」の名前を音読みした「とうか、とうかさん」として広島の人たちから親しまれ、祭りにもその名前が付けられています。元和5年(1619年)お寺が建立されると同時に勧請されたとうかさんのご利益は確かなもので、広島城から城下市民にまで至る厄を祓い繁栄と平和をもたらしたといいます。

400年以上続くこの祭りは「広島三大祭」に数えられるほど有名なもので、お寺を中心に中央通りには1000に近い露店が並び例年45万人近くの人たちが訪れます。また広島では6月のこの祭りから皆が浴衣を着るようになることから「ゆかたの着始め」とも呼ばれています。祭り中はとうかさんが一年でこの間だけ御開帳されるとあって多くの人が集まりますが、境内ではとうかさんの御分霊である「破魔うちわ」をもらうこともできます。日本初という破魔のうちわは健康や安全などの効果を持ち、一年間の厄を背負ってくれるお守りでもあります。祭りの本堂には500以上の尺二寸提灯が吊り下げられ、1000を超える露店が並ぶことも目をひきますが、これはこの時期に祭りを開くところがほとんどないため、全国各地の露店がこの祭りに集まってくるからだと言われています。露天商にとっては厄除け祈願だけでなく、夏の仕事始めの祭りでもあるのです。

尾道ベッチャー祭り

尾道市の吉備津彦神社(一宮神社)に伝わる祭礼で、毎年11月に神社から御旅所まで市内を通って神輿の巡行が行なわれます。そのときに「ベタ」・「ショーキー」・「ソバ」という妖怪の仮面をつけた氏子たちが神輿とともに町を練り歩き、子どもたちを「ささら」や棒で叩いたり突いたりしていくという奇祭でもあります。

文化4年(1807年)、当時尾道に蔓延していた疫病を祓おうと、各地に疫病退散のお祓いをするよう御触れが出されました。吉備津彦神社でも他と同じように三日二夜のお祓いの儀が続けられ、修祓が行なわれる日に疫病を鎮めてもらおうと武悪(ベタ)・大蛇・般若(ソバ)・天狗(ショーキー)ら鬼神三人と獅子頭を引き連れ、神輿が町を巡行しました。これがベッチャーの起源だとされています。「ベッチャー」という名前は三人の鬼神の名前がそれぞれ混ざり訛ってそう呼ばれるようになったそうです。

子どもたちを追い回すのはもちろん彼ら三鬼神なのですが、子どもたちに危害を加えようとしているのではなく、元は厄除けの儀であったことにちなみ、叩かれるとそれぞれご利益があるとされています。紅白の「祝棒」を持ったベタとソバに叩かれると健康によい、突かれると子宝を授かるとされ、細い竹を束ねた「ささら」でショーキーに叩かれると頭がよくなるといわれています。とはいえ迫力ある仮面をつけた鬼神たちが棒を持って追いかけてくるので、子供にとっては恐ろしい祭りという印象が強いようです。

当日は市内の巡行が鬼神たちにとっての本番ではありますが、神社ではこの祭りの情景を伝統のお囃子や神楽太鼓のリズムに乗せて表現した「尾道ベッチャー太鼓」の演奏やライブなども開催されており、尾道やベッチャーをアピールする動きも精力的に行なわれています。