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祭り情報

弥五郎どんなど鹿児島県の祭りの特色



九州最南端に位置する鹿児島は本土と薩南諸島により構成され、屋久島や桜島など貴重な自然文化を数多く所有しています。また島津氏に治められ薩摩と呼ばれていたころより、その海に開けた地形から交易も盛んで、種子島の鉄砲伝来をはじめ国内外多くの地域との関わりが深い土地でもありました。その自然や交流の歴史は現代に伝わる祭りの中にも根深く残っています

弥五郎どん

弥五郎どん

曽於市岩川八幡神社にて900年の伝統を持つ毎年11月の祭りで、「弥五郎どん」と呼ばれる身長約5mの竹籠製の巨人が町中を練り歩く「浜下り」を行なうというものです。この「弥五郎どん」は三人兄弟で、宮崎の的野神社にいるのが長男、田ノ上八幡神社にいるのが三男、ここ鹿児島の岩川八幡の弥五郎どんは次男にあたります。

当時の南九州において、大和朝廷と隼人族との戦いで発生した死者たちを弔うために行なわれた仏教行事の「放生会」が始まりだったとされており、弥五郎どんのモデルも当時朝廷と戦った隼人族の酋長や6代朝廷側の武内宿禰だと伝えられていますが、具体的なことはわかっていません。現在の祭り自体も死者を弔うためだけでなく、五穀豊穣や災厄除けなど様々な意味が含まれているようです。

祭り当日は午前一時より、「弥五郎どんが起きっどー!」の掛け声とともに弥五郎どんが組み立てられ起こされますが、この「弥五郎どん起こし」に参加すると健康と運気の上昇につながるといいます。そしてお昼になりいよいよ浜下りが始まると、巨大な弥五郎どんが姿を表します。身長約5m、25反の着物を身にまとい腰には4mを超える刀と小刀を差した姿は迫力満点で観客からも登場とともに大きな歓声が上がります。そして曳き手や太鼓など囃子の演奏者たちを引き連れながら5㎞に及ぶ市内を練歩いていきますが、その巨体ゆえ高い建物には気を付けなければならず、途中で体の姿勢を変えながら進む豪快かつ柔軟な弥五郎どんは必見です。そのたくましい姿から、子供も大人も思わず力と勇気をもらえて元気になれる祭りです。

六月灯

7~8月に鹿児島県下の各寺社で行なわれる華やかな祭りで、市民たちから奉納された多種多様な文字絵柄の灯籠が鹿児島の夜を明るく照らします。神社毎に異なった日付で行なわれますが、場所によってはただ飾るのではなく六月灯にあわせて盛大な祭礼を開くところもあり、同じ六月灯でも場所によって様々な六月灯を楽しむことができます。

その始まりは島津藩19代藩主・島津光久公が上山寺新照院に観音堂を建立した際に、たくさんの灯籠で飾り道を明るく照らしたことに影響を受けた島津の壇家たちは、同じくたくさんの灯籠を作り各地の寺社に奉納するようになったことが由来とされています。またもともと神様に灯明を捧げ家畜や田の平和を祈る「六月のオツメアゲ」という行事があり、これが発展して六月灯になったとも考えられています。

現在は「ロッガッドー」の呼び名で親しまれており、各家庭で文字や絵柄の描かれた灯籠が神社に奉納され、境内や参道に並べられていきます。当日の夜火が中に灯された個性豊かな灯籠たちは、美しく手作りの暖かみにも満ちた光りで夜を照らし出します。参道では露店や神楽の奉納、花火大会が行なわれることもあり、鹿児島の夏の夜の風物詩として親しまれています。

おはら祭

毎年鹿児島市を舞台に繰り広げられる盛大な市民参加型の祭りであり、南九州最大の祭りとも言われるほど大きな規模を誇っています。祭りの名前の由来ともなった鹿児島の伝統民謡「鹿児島おはら節」や「鹿児島ハンヤ節」のリズムに乗せて踊る「総踊り」が中心で、会場となる繁華街の歩行者天国にはおよそ2万人以上もの踊り手たちが集まります。

もともとは昭和24年に市制施行60周年を記念したとして始まったイベントで、当初はパレードや芸能大会、商品の大売出しなどが中心でした。しかし昭和36年以降踊り連方式での市民参加型の祭りへと変化し、ハンヤ節やパレード、太鼓演奏などを取り入れつつ現在のように大きな祭りへと革新していきました。

おはら節は日向国安久(現在の宮崎県)に伝わる「安久節」が原型であったとされており、島津氏の琉球出兵で一緒になった安久の武士たちが歌っているのを聞いた原良の武士たちが曲を覚え、鹿児島でも歌詞を作り歌っていたものが広まったとされています。その歌詞や踊りは桜島の形や湧き出る煙の様子を表現した鹿児島ならではのものです。

飛び入り参加も可能なこのおはら節総踊りの他にも、女性陣による太鼓演奏「おこじょ太鼓」、おはら節を現代調にアレンジしたダンス「オハラ21」、音楽パレード&マーチングなど多彩なイベントで大いに盛り上がり、薩摩の名物料理披露やふるさと芸能祭など郷土文化にも触れられることから県内外多くの人で賑わいます。

また鹿児島と古くから結びつきの強い渋谷でもおはら祭が開催されており、東京に鹿児島の文化を伝えるだけでなく鹿児島おはら祭でも「渋谷音頭」が踊られるなどお互いに影響しあっています。南九州だけでなく、日本全国に鹿児島の文化を伝えるべく毎年大きな進化を続けている祭りです。