ご希望の日本の祭り・花火大会情報を無料で検索できます。

施設リサーチ/ホームメイト・リサーチTOP

旅探
日本の祭り・花火大会
トップページへ戻る
トップページへ戻る

花火大会情報

花火とは



日本の夏の風物詩として広く知られている花火。まさに花のような色とりどりの美しい火花を散らし、その姿は小さな子どもから大人まで幅広い年齢層に愛されています。

平和の象徴

平和の象徴

今やすっかり花火は日本の夏に似合う物のひとつとして定着していますが、元々は中国から伝わったと言われています。

花火の材料は、金属の粉末と火薬。これを混ぜ、紙で包んだ物に火を付けることで燃焼・破裂し、金属との炎色反応によって様々な色合いの火花を散らすのです。

戦国時代、日本において火薬とはもっぱら武器に使われる貴重な材料でしたが、戦国の世も終わり平和が訪れると、火薬は武器以外の様々な用途に利用されるようになりました。

花火もそのうちのひとつで、江戸時代には花火業者や大名の配下の火薬職人たちがより美しい花火を作るために試行錯誤し、競い合い発展させてきたのです。

花火はまさに戦のない世と共に訪れた、平和の象徴とも言える存在だったのでしょう。

花火が持つ意味

日本で開催される花火大会は主に夏に集中していますが、これにも理由があります。

元々花火とは、灯籠流しなどと同様の意味を持っています。先祖や亡くなった人たちの霊が帰ってくるとされるお盆の時期に集中しているのは、花火に鎮魂の意味があるからです。これを「鎮魂花火」とも言い、今や最も有名な花火大会のひとつとなった隅田川花火大会が始まったのもこれが理由でした。

鎮魂花火

1732年(亨保17年)、大飢饉やコレラの流行によって江戸では死者が続出しました。そこで翌年の1733年(亨保18年)、ときの将軍であった8代将軍・徳川吉宗は慰霊と悪病退散を祈願するという目的で、両国の川開きの日に水神祭を実施します。その際に花火を打ち上げたことが、現在の隅田川花火大会のルーツとなりました。

さらにこの地域は、大正時代には関東大震災、昭和時代には第2次世界大戦下で東京大空襲と相次いで大火に包まれた場所です。隅田川は逃げ惑う人々が転落したり、火傷をした人々が身体を冷やそうと入水したりした場所のため、震災や戦災で命を落とした死者の魂を慰めるという意味もあります。

東日本大震災が起こった2011年(平成23年)には都内の花火大会が次々と自粛される中、隅田川花火大会が日程を変更しつつも実施されたのは、こうした鎮魂花火の歴史が背景にあったからなのです。

このように花火大会とは華やかな花火を目で楽しむだけでなく、亡くなった人々の冥福を静かに祈る時間でもあります。

他にも、長崎ではお盆になるとお墓の前で大きな音が鳴る花火をしてご先祖様を迎えるという風習や、三重県の熊野市では先祖供養のための花火大会が開催されるなど、鎮魂花火は各地で見られます。

花火の日(5月28日)、(8月1日)

日本には、「花火の日」とされている記念日が2つあります。

ひとつは、隅田川花火大会の始まりとなった水神祭が開催された旧暦から5月28日。

もうひとつは、戦後連合国軍総司令部 (GHQ)により禁止されていた花火が解禁された1948年(昭和23年)8月1日です。奇しくもこの日は1955年(昭和30年)に東京の花火問屋で死者18人を出した大規模な爆発事故が起きた日でもあり、追悼の意味も含めて制定されました。