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花火大会情報

花火に関連する法律



日本各地で開催される花火大会は、私たちにとって夏の風物詩のひとつです。しかし花火の原料は一歩間違えば大事故に繋がる火薬なので、花火を打ち上げるにあたっては安全が確保されていることが大前提。そのため、花火に関する法律が定められています。子どもからお年寄りまで、たくさんの観客が安全に花火を鑑賞できるよう、大会の運営側はいつも充分に配慮しているのです。

花火の保安

花火の保安

火薬と金属の粉末が原料である花火は、ときには失火の原因となってしまうこともあり、日本に輸入されて江戸庶民に広まり始めた当時から度々厳しく取り締まられてきました。現在でも他国に比べると木造建築が多い日本においては、火事を防ぐためにもより厳しく制限されています。

江戸時代の禁令

1648年(慶安元年)、三代将軍家光の時代に江戸市中での花火を禁止するおふれが発令されました。家光公は元々花火好きとしても知られ花火を奨励していましたが、江戸庶民の間でも流行するにつれて花火による火災が多発したために「花火禁止令」が言い渡されたのです。

しかし、この1度の禁止令では徹底されず、1652年8月(慶安5年)、1665年7月(寛文5年)、1670年(寛文10年)と期間をおいては度々、禁止令が発令されました。これだけ頻繁に禁止令が出される程、江戸庶民は花火を好んでいたようで、最終的には隅田川の川筋と海岸に限って許可されるようになったと言われています。

事故が多発した明治・大正

江戸時代に作られていた花火は硝石、硫黄、木炭を混ぜた黒色火薬が主体でした。これは「和火」と呼ばれ、「洋火」と呼ばれる現在の花火と比べると暗い花火であったと伝わっています。しかし明治時代に入り海外から様々な薬品が輸入されるようになると、それまでは出せなかったような色合いや明るさを表現できるようになりました。

それまでは硝石が酸化剤として使われていましたが、その代わりに塩素酸カリウムを使用することで赤・黄・緑などの色が出せるようになったのです。しかし塩素酸カリウムには摩擦や衝撃に弱いという欠点があり、このために事故が多発。

さらに明治末期には塩素酸カリウムに鶏冠石を混合した「赤爆」と呼ばれる薬剤が発明され、大きな発音効果を有す花火を作ることができるようになりますが、これも花火製造過程における事故の大きな原因となったのです。

その当時は科学的な知識に乏しい人々でも、花火を作ることが可能であったためにこのような事故が起こってしまったのでしょう。

その後は多発する、このような事故を受けて1884年(明治17年)に火薬取締規則が定められ、各都道府県でも次々と煙火に関する規則が制定されました。

花火に関する法律

現在花火は次のような日本の法令にしたがい、安全な環境下で製造、または花火を使ったイベント等が開催されています。

火薬類取締法

1950年(昭和25年)11月3日に施行された「火薬類取締法」とは、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱を規制することにより、火薬類による災害や事故、犯罪を防止し、公共の安全を確保することを目的とする法律のこと。

イベントなどで花火を使用する際、それがいわゆる玩具花火ではない限り、各自治体に対して消費届けを提出することが義務付けられています。

さらに打ち上げ花火に関しては、各都道府県知事による煙火消費許可が必要です。煙火消費許可を受けるには、日本煙火協会によって発行される煙火消費保安手帳を保持した煙火打揚従事者を記載するなどの決まりが厳しく定められています。

航空法

花火を打ち上げる際、その高度によっては航空法もかかわってきます。場合により事前に国土交通大臣への届出が必要なケースもあれば、打ち上げ自体禁止とされることもあります。