全国 の日本の祭り(1,141~1,170行事/1,178行事)
「祭り」の歴史は、神話の時代にさかのぼるといわれています。そして、神事に始まり、神様への祈りのための行事となった日本の祭りは、江戸時代に入る頃から娯楽化していきました。日本には様々な祭りが存在し、なかにはユネスコの無形文化遺産に登録されている祭り、外国文化に由来する祭り、炎を扱う火祭りなど、特徴的なものも多くみられます。こちらでは、全国で開催されている「日本の祭り」を一覧にしました。一覧はランキング形式となっていて、人気の祭りが一目瞭然です。日本の祭り名をクリックすると、基本情報がご覧頂けるので、気になる日本の祭りについて調べたいときにご利用いただけます。日本の祭り一覧は、①アクセス数、②動画、③写真、④口コミの多い順に掲載しています。
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全国
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- 津野山古式神楽は、西暦913年に藤原経高が京より来国した時に、神話を劇化したものを神楽として伝えたことが始まりとされています。毎年11月に開催されていて、全部で17の舞を間近で拝見出来るのは見応えがありますね。ちなみに全ての舞が終わるのには8時間程度かかるそうですよ。
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- 町としては大きくありませんが、そこにたくさんの観光客が訪れて、大変盛り上がります。 町ではパレードや武者行列、地元の鼓笛隊の演奏などがあり、メインステージでは色々なショーが行われ、とても活気があります。
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- 神島で、大晦日の晩から元日早朝にかけて行なわれる祭りです。 大晦日の夕方に豆まきがあり、晩になると島の男たちが、島に生えたグミの木の枝を束ねて輪にして白い紙を巻いた、直径2メートルほどの輪(アワ)を作成します。 夜明け前、浜では島中の男が竹の棒を手に輪の到着を待っていて、輪が到着すると四方八方から竹の棒で輪を天高く突き上げ、最後には落とします。 落とした輪が奉納のために持って行かれると、今度はサバと呼ばれる、もちの木を12角柱にした長さ20〜30cmの棒が投げ込まれ奪い合いが始まりますが、サバを最後に手にしたものが年男となります。
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松代藩真田十万石まつり
所在地: 〒381-1231 長野県長野市松代町松代44(会場)
- アクセス:
「「松代駅」バス停留所」から「松代藩真田十万石まつ…」まで 徒歩3分
上信越自動車道「長野IC」から「松代藩真田十万石まつ…」まで 1.1km
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- 松代藩初代藩主、真田信之から10代にわたり明治維新までの250年もの間、平穏に暮らした良政を称えたお祭りです。山本勘助が築城したと言われる松代城跡から出発する武者行列は見事です。その他二日間にわたり、色々な催し物も開かれます。
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- 沼津市内浦にある長浜城跡にて、毎年5月に開催されるお祭りです。長浜城跡が2014年に国史跡に指定されたことを記念して翌年から始まったお祭りで、甲冑武者隊による海上パレードや火縄銃の演舞など、大変に見所があり、毎年、大変賑わっていました。 今年は残念ながらコロナ渦により開催されませんでしたが、次回は私も甲冑を着て参加してみたいと思っています。
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- 毎年新緑が鮮やかな5月初旬に、寄居町を流れる荒川の玉淀河原と対岸にある鉢形城をメイン会場として行なわれる祭典が「寄居北條まつり」です。最近の歴史ブームで注目される戦国武将や刀剣、甲冑などの武器が多数登場し、火縄銃の銃撃や大砲の発砲、北條軍と豊臣軍にわかれ合戦を行なうシーンや、総大将同士の一騎打ち再現シーン、忍者軍団の華麗な忍術や演舞など、戦う場面の様々な演出はとてもリアルかつ勇壮で迫力があります。地元の埼玉新聞やテレビのニュースでも報道される程に有名な祭りであります。また勇壮な戦闘シーンだけでなく、レプリカですが甲冑を身に纏い武者が行列をなして町内をゆっくりと行軍する姿は風情があってとても良いですよ。なお、武者行列への参加には制限がなく応募が自由で、老若男女・国籍も問いません。なかでも町内の幼稚園生がつくる、ちびっ子忍者の行列はとても可愛いくて、観客に大人気です。また、仕事や学業で寄居近郊に住む外国人の方々もチームを組んで参加されていて、日本と海外の国際交流の場にもなっていて感心しますし、北條氏に縁がある各市町村の武者チームも参加されて、地方行政間の交流や地域活性化を互いに協力している姿は素晴らしいです。なお、何故に「北條祭り」と言われるかと言うと、戦国時代に小田原北條氏の直系「北條氏邦(うじくに)」が領主として居城である鉢形城を寄居に築き治めていました。北関東と本家の小田原、上州や甲斐、信州などを結ぶ交通の要所である鉢形城は北條氏の出城としては最大規模のお城であったようです。そして歴史上でも有名な、豊臣秀吉による「小田原北條攻め」の際には、鉢形北條軍に対し、豊臣方の北国軍を預かった「前田氏・上杉氏・真田氏」の有名な3大名が攻め込んで来ました。鉢形北條方は籠城して大軍に立ち向かったのですが、善戦及ばずに最後は大将の北條氏邦が人質となり開城したようです。戦に負けた際にある悲劇として、城の姫様や勤めていた女中達が、城の眼下を流れる荒川の激流に身を投げたとの悲話も伝わっています。そのような史実を知り得て参加する祭りは格別の感情が宿りますよね。歴史ロマンが満載の「寄居北條まつり」に是非一度、お越しください。
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- 横浜開港記念みなと祭り(よこはまかいこうきねんみなとまつり)は、神奈川県横浜市で開催される大規模なイベントで、横浜港の開港を祝うために行われます。横浜港は1859年に開港し、日本の国際貿易の玄関口として発展してきました。この祭りは、港町・横浜の歴史と発展を称え、市民や観光客に楽しんでもらうことを目的としています。 横浜開港記念みなと祭りは、横浜市が開港50周年を迎えた1909年(明治42年)に始まりました。当時は、開港記念日の6月2日に「開港記念式典」として開催され、横浜港の発展を祝う行事が行われていました。その後、戦争や社会情勢の影響で中断された時期もありましたが、戦後の復興とともに再開され、現在では横浜市の一大イベントとして定着しています。 横浜開港記念みなと祭りでは、さまざまなイベントが開催され、市民や観光客が楽しめる内容となっています。 毎年、山下公園や赤レンガ倉庫周辺で開催されるバザーでは、横浜ならではのグルメや特産品、地元企業の出店が並びます。飲食店や雑貨店が屋台を出し、多くの人で賑わいます。 横浜市の公式行事として、開港記念日である6月2日に行われる式典です。横浜市長をはじめ、地元の関係者や市民が参加し、開港の歴史を振り返りながら、横浜の未来について語ります。 祭りのクライマックスとして、横浜港で大規模な花火大会が行われます。美しい夜景を背景に、色とりどりの花火が打ち上げられ、多くの観光客が訪れます。横浜の夜空を彩るこの花火大会は、港町の風情を感じられる特別なイベントです。 市内を巡る華やかなパレードも、この祭りの見どころの一つです。地元の団体や学生、企業のチームが参加し、横浜らしい衣装や装飾を施した山車(だし)やフロートが登場します。ブラスバンドの演奏やダンスパフォーマンスも行われ、活気あふれる雰囲気が広がります。 祭り期間中には、特別な横浜港クルーズが運行されます。観光船や遊覧船に乗り、海上から横浜の美しい景色を楽しむことができます。ベイブリッジやみなとみらいの夜景を眺めながら、横浜の港の魅力を満喫できる人気のアクティビティです。
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- 浜松まつりは、浜松市で毎年5月3日〜5日にかけて静岡県浜松市内で開催されるお祭りです。通称、凧祭りとも呼ばれていて、3日間の開催で毎年約200万人の参加者が訪れます。 浜松まつりの特徴のひとつは、東京の天下祭りや京都の祇園祭と違って、神社仏閣の祭礼とは関係ない「市民のまつり」ということです。 浜松まつりは、室町時代の永禄年間(1558〜1569年)に、当時の浜松を治めていた引間城主、飯尾豊前守の長男・義広の誕生を祝って入野村の住人であった佐橋甚五郎が義広の名前を記した大凧を城中高く揚げたという、史書『浜松城記』の記述を定説として起源であると言われていますが、定かではないそうです。現浜松市の市域において、端午の節句に凧を揚げることに関する最古の資料は、有玉下村在住の国学者である高林方朗の日記で、寛政元年(1789年)4月に初凧を購入したという記述が確認されています。江戸時代の中期には、端午の節句に祝凧を贈って揚げるという風習は浜松だけでなく日本全国で行われており、嫁の里から凧が贈られ、贈られた家では、糸や用具を整え、それを近所の若者が揚げていました。「遠州のからっ風」と呼ばれる強い風が吹くこの地域では、気候的にも凧揚げに好条件であり、子どもの誕生を祝う「初凧」の伝統は、浜松まつりとして現在までこの地に根付いています。江戸時代に定着したといわれている凧揚げは、明治に入ってさらに活気を帯びてきて、今では浜松まつりに欠かせない初凧・凧合戦が本格化したのも明治20年頃で、長男が生まれたらその子の成長を願って凧を揚げる初凧の風習は、遠州地方に広がっています。 夜になると、各組単位で初凧を提供した家から凧揚げの労をねぎらって、町の若衆に振る舞い酒が出されます。この時、規則正しく整列をして「オイショ」「ヤイショ」などの掛け声とラッパのリズムに合わせて摺り足で練り歩き、施主や初子のまわりで押しくらまんじゅうを激しくしたかのごとく、もみくちゃになるように荒々しく練り歩きを潰していく様子は、浜松まつりの一番の見どころです。
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- 富士宮まつりは、静岡県富士宮市で毎年11月3日から5日にかけて開催される、地域住民にとっては待ち焦がれる一大イベントです。富士山本宮浅間大社の秋季例大祭にあわせて、20の氏子町内がそれぞれの山車や屋台を引き回し、町中を賑やかにします。毎年9月になると町内のあちらこちらで祭りの準備や会合などが行われており、地域の方々には欠かせない行事となっています。 富士宮まつりの歴史は古く、江戸時代から続く伝統行事です。富士山の麓に位置する富士宮市は、古くから富士山を信仰の中心としてきました。このまつりは、そうした信仰心と、地域住民の結束を深めるための大切な行事として受け継がれてきました。 各町内が趣向を凝らした山車や屋台を引き回し、町中を練り歩きます。これらの山車には、地域の歴史や文化が表現されており、見どころの一つです。また、山車とともに響き渡る富士宮囃子は、静岡県指定無形民俗文化財に指定されており、その独特の音色は、まつりの雰囲気を盛り上げます。各町内が自分の山車をアピールするために行われる「喧嘩囃子」は、まつりのハイライトの一つです。 まつりのメイン会場となる浅間大社は、富士山の溶岩流の末端に位置し、霊験あらたかとして信仰を集めています。また、浅間大社で行われる神事には多くの人々が参拝に訪れます。 市内の各所で繰り広げられる山車の巡行は、迫力満点です。特に、最終日の大通りでの山車の集合は圧巻です。 まつりの期間中は、会場周辺に屋台村が出店し、地元の名産品や美味しい食べ物を味わうことができます。日常的に地元の方や観光客の方に親しまれている、あの富士宮焼きそばのお店も数多く出店されます。 富士宮まつりは、歴史と伝統が息づく、活気あふれる祭りです。山車や屋台、そして富士宮囃子の共演は、訪れる人々に忘れられない感動を与えてくれます。もし、11月に静岡県を訪れる機会があれば、ぜひ富士宮まつりに足を運んでみてはいかがでしょうか。
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諏訪神社春季大祭大名行列
所在地: 〒940-0218 新潟県長岡市栃尾表町2-2(会場)
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長岡駅東口-栃尾車庫前・新榎TN※快速「「大町(長岡市栃尾大町)」バス停留所」から「諏訪神社春季大祭大名…」まで 徒歩2分
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